~風の彼方~
美しいものが好き。自然と身体にいいことを模索・実践中です
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変わる家族変わる食卓

「普通の家族がいちばん怖い」に続いて読んだ、岩村暢子さんの著書。
1960年以降に生まれた主婦を「現代主婦」と定義して、その食卓から、子育てなど含めた生活様式について調査データをまとめたものである。
内田先生や上野千鶴子氏がブログや著書でこの本について言及しておられたので、興味本位で手に取ったものの、その「食べることへの関心のなさ」「私がイメージするもの」「個だけが抜き出てしまった生活」「自主性と躾けのはき違え」など、確かに震撼させられることの多い内容だった。
ただ、無作為に選ばれた数百人を対象にしての結果とはいえ、奇天烈なように感じられる家族を例として挙げてしまうと、どうしてもその部分だけが強調されてしまう弊害があるように思う。これはマーケティングから出て来ているということを考慮すると致し方ないことかもしれない。
ちなみに私や私の周りは「現代主婦」だが、この書に記されているような極端な食生活を送っている人は見当たらない。とはいえ、別世界の出来事とは勿論思ってはいない。その傾向は程度の多少はあれ、見受けられるとは思う。
この書で述べられている「現代主婦」が問題になる以前に、その前の世代からの流れがある筈だろう、、、と思っていたら、この記事を見つけた。教育ルネッサンス
実際、学歴を偏重する余り、学生時代に家事手伝いをしていた「現代主婦」はいないのではないかと推察できる。私や私の周りの人も料理は本または料理教室で学んでいる。家が汚れるから、見ているとイライラするから、個人の自由だから、という理由で子供に教えないというのは、脈々と続いてきたと考えた方が妥当だろう。以上が今の流れだとすると、巷(マスコミ)で言われる、母らしい「母」、父らしい「父」、あるべき「家族」とは何だろうと考えてしまう。
世の中に占める構成比で父母、家族のイメージが作られてきていたとするなら、その構成比が変わってきたというだけなのかもしれない。平衡していた大きな力が或るところで変わって(進化して?)、所謂「現代主婦」(親子関係を含む)に至る道を開いてしまい、既存の形に収まらなくなっているということなのかもしれない。(『情報処理能力はあるが、習慣的能力が身に付かない』等、刹那主義とも思える日常もその一端かもしれない。)
それは、「普通の家族がいちばん怖い」という題名からも感じられる。「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」に似て、この著者が伝えようとすることとは別の、しかし並列の、売れることが主眼路線というのが仄見えた気がした。
「"現代家族"の誕生」も読んでみようと思う。
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